麻雀というゲームは常に1対3の戦いと言っても過言ではない。ゆえに自分が活躍できる可能性は常に25%、さらに流局といった無効な局を含めるとゲームへの参加率自体が20%程度にまで落ちる。
これまでも何度か記事にしている内容だが、麻雀というゲームはプレイへの関与自体が稀なゲームといえる。
大体は別の誰かが場を支配して、自分はベタオリするだけ。勝負にすらならない局面がほとんどだ。
他のゲームは参加自体は常にできているのである。ある意味で常にゲームに関わることで責任が生じるともいえる。
FPSのチーム戦で自分が手を抜けば自分のチームの勝利は遠のくし、格闘ゲームで手を抜けば相手に勝ちを譲るだけになる。
そういった価値観で麻雀というゲームに関わると何ともクソゲーだとする意見はよく解る。
ウメハラはこれを「100戦やっても実力が示せないゲーム」と表した。それもあるが、そもそも「ゲームに参加できるか否か」の段階で毎回ランダムなのだ。
だから「実力が関わってこない大半の局」が消化されるだけの展開になる。
ゲームに関わっていれば勝敗はともかく(これも問題点として後述)、内容において実力を示す機会は多く与えられるはずなのだ。
だが麻雀にはそれすらもないことが多い。
麻雀は結果よりも内容で評価すべき遊戯だが、それにしても座っているだけでツモられ続けてマイナスの箱下ラスだったとして、それが何か評価点になるのかという。
この時点で実力とは無関係な部分が発生しているのだ。
さらに結果(勝敗)でも実力をハッキリとは証明できない。
麻雀が競技として成り立つのは到底無理だろうと想像がつく。
無論、現状においてもエンタメとして成り立っている面はある。だが「競技」と名をつけるのは難しいと何度も思ってしまう。
麻雀をつまらないゲームだと感じる面はどの部分だろうか。すべてがつまらないとは言わずとも、やはり呆れてしまうプレイヤーが多いのも事実だ。
そこはやはりウメハラが指摘する部分にあると思う。100戦や200戦やったところで結果は出ないし、その中の大部分が「ゲームに参加していない」というストレスがある。
麻雀を楽しみたいのに参加すらさせてもらえないのが大半のゲーム内容なのだ。
もちろんアガるばかりが麻雀ではないからオリたり回したりも芸のうちだが、上級卓になるほど周りが先制を取って後手に回った側はオリるだけの展開になりがちである。
中級以下だと手順に無駄があったりして自分がアガりに向かうチャンスも増えるが、上級卓になるほど、そのチャンスは減っていく。
どんどんゲームに参加できずに堪えるだけの内容になっていくのだ。
「10局に一回程度の参加率」だとしたらゲームとして楽しめるプレイヤーの数は大幅に減るだろう。
だが実際に上級卓にいくとそんなモンである。
オリてオリて、チャンス手はかわし手で蹴られて即終了。そんな展開を延々と繰り返して、ようやく稀に誰にも邪魔されず、あるいは邪魔されても押し切ってアガりを取れる。
そんな展開はランク帯が上がるにつれて数少なくなっていく一方なのだ。
「そんなに文句があるなら麻雀をやるな」「じゃあずっとゼンツ麻雀だけやっていろ」というのも正しい指摘で、そしてそれに逆らったり抗う必要もない。
ハッキリ言って、この参加率の低い受動的で運任せなゲームに付き合っていられないのなら、麻雀をやめるか、自分が楽しめる打ち方にすればいいだけなのだ。
「20局連続でオリているだけのゲームなんてやってられないよ!」という人はもう最終的に麻雀の上級卓に向いていないといえる。やめたほうがいい。
それに耐えられる人間だけが打ち続けられるゲームなのだ。
「なんでそんなゲームやってんの?」と疑問に思う人もいるだろう。俺もなんでこんなクソゲーをずっとやってしまうのか。
やっちゃうんだよ・・・。
(なんの説得力もねーじゃねーか)