野球界に統計学をもたらしたのはビル・ジェームズだとされている。彼は2002年にMLBでレッドソックスに従事した。
結果は必ずしも数字通りとはいかなかったが、球界の考え方に変化を与えたのは事実だろう。
この事実をモキュメンタリーとして描いた映画が『マネー・ボール』(ブラッドピット主演、2011年公開)だ。
低迷した球団の立て直しを図るスカウトマンの視点で描かれる。
ブラピ演じる主人公のビリーは、経済学を応用してデータ分析をするピーターと出会い。他チームでアドバイザーをしていた彼を球団社員としてヘッドハントすると、自身の球団でチーム作りのための仕事に就かせた。
スカウトマンのボスを務めるビリーは他のスカウトマン達に「データに従って数字で選手を取れ」と指示するが受け入れられない。老年のスカウトマン達は「我々の経験を、人を見る目を信じろ」と言われる。
だがビリーはその進言に従わず、ピーターの出す統計によって選手を選ぶことにした。
老年のスカウトマン達は失笑。
ビリーには過去に選手としてスカウトされた実績があり、有望だとスカウトマン達に言われて来たのに活躍できなかった過去がある。彼がスカウトマンの「我々を信じろ」に猜疑的であることの裏付けだ。
ビリーはピーターに過去の自分の評価を聞く。「俺を連中と同じように一位指名したか?」「・・・いえ、9位指名がいいところでしょう。プロ入りせずに大学へ行ったほうが良かった・・・」
ピーターは次々に野手から投手まで数値的に評価して、他チームが目もくれない掘り出し物の才能を安く買っていく。チーム内のイザコザも描かれるが、最終的にチームは勝率を上げるようになっていく顛末だ。
この映画は2011年製作、史実的には2001~2002年シーズンの出来事だが、いま見たらあまり衝撃的な内容には映らないかもしれない。
ビリーに反対する老年なスカウト達の言い分が間違っているとわかるし、異端児のように出てきたピーターの統計は正しいと見えてしまう。
それほど数値での予測は一般化している。
麻雀でとつげき東北チームが天鳳を統計で分析したのは1999年、著作は2004年になる。
とつげき東北チームが、この野球界の事実を認知していたかどうか定かではない。
世界的にどこでもデータ化が進んだ時期なのかもしれない。
映画内の描写は麻雀に置き換えても理解が深まる。
「序盤の愚形待ちも、中盤以降の良型待ちも、アガれる確率は変わらない」「だったらリーチを打ったほうがいい」と言っても、じいさま達は「何言ってる、こんなリーチじゃ話にならん」「良型になるまで待ったほうが良い」なんて反対している図だ。
「この状況の局収支は上回ってる」と言っても、じいさま達はその数字が見えていないから反対する。
確かに野球も麻雀も人的要素や不確定要素があるために、必ずしも数字どおりになるとは限らない。
しかし指針として役立てるには十分な根拠となり得る。
オカルト的な「老練な経験」なんてものよりは確かだ。(その経験が数字で裏付けされるのであれば最もなわけだが、これは我々雀士も「こっちが有利だと思っていたが実際には違ったのか」といったことが起きる)
不可能への挑戦とまでは言わないが、この事実は時代に新しい風を吹き込む楽しさを与えてくれる。
とつげき東北チームが当時、この事実を知っていたら自分たちへの励みにしていたかもしれない。
「世界で同じことをやっている奴がいる」
こんなに楽しいことはない。言語も業種も違うところで、会ったことも無い人間が数字という共通したもので戦っている。
野球界の統計による予測はセイバーメトリクスと呼ばれているが、こちらもまだ発展途上だといえる。
解析の上では「バントをするのは不利な行為」とする意見もあるが、実際にはその通りだとは言えない結果になっている。
何らかの数値化が足りていないのか、基準とする数値が根本的に違うのか、あるいは選手の心理的なハードルを考慮できていないのか。
つまりバントをする日本野球は数字の上では良くないはずなのだが、過去の五輪やWBCでも勝率に悪影響だとは言い難い結果になっている。
麻雀研究においてもまだこういった部分は残されているだろう。
今後の伸びしろとして楽しみな部分でもあり、我々も学んでいく部分となる。